父が社長の会社で働くという不安と、向き合うまでの話

家業に入る決断をするとき、
仕事内容や将来以上に不安だったのが、
「父が社長である会社で働くこと」でした。

この記事では、
父が経営する会社で働く中で感じた不安と、
時間をかけて向き合ってきた気持ちの変化について書いています。

※ 家業に入るまでの全体像は、
親記事「零細企業の2代目として家業に入ったとき、最初に感じた悩みと違和感」で整理しています。


父と仕事の話をすること自体が怖かった

正直に言うと、
私は昔から父と何でも話せる関係ではありませんでした。

大学を卒業するまで、
家業について深く話すこともほとんどなく、
仕事の話をする関係性ではなかったと思います。

その父が社長として目の前にいる。
それだけで、
常に評価されているような感覚がありました。

  • 社会人として通用しているのか
  • 役に立っていないと思われていないか

そんな不安が、頭から離れませんでした。


「能力がなければ継がせない」という言葉の重さ

父は昔から、
「能力のないやつに継がせる必要はない」
「自分の代で会社は終わりでいい」
というようなことを言っていました。

その言葉を、当時の私は
「自分に継がせる気はない」
というメッセージだと受け取っていました。

だからこそ、
家業に入ること自体が、
どこか“試される場”のように感じていたのだと思います。


社長と父親が同時に存在する難しさ

家業に入ってから、
父は「社長」として接してくる場面と、
「父親」として接してくる場面を、
無意識に行き来していました。

こちらとしては、
どちらの顔にどう向き合えばいいのか分からず、
戸惑うことが多かったです。

  • 仕事としての指摘なのか
  • 父親としての言葉なのか

その境界が曖昧なことが、
不安をさらに大きくしていました。


本音を言えないまま時間だけが過ぎていった

一番つらかったのは、
不安をそのまま伝えられなかったことでした。

「分からない」「難しい」「不安だ」
そう言えばいいだけなのに、
それを言った瞬間に
「能力がない」と判断されるのではないか、
そんな怖さがありました。

結果として、
必要以上に一人で抱え込んでいたと思います。


解釈が変わった、ある食事の時間

家業に入る前、
父と二人で食事をする機会がありました。

その場で、
「戻りたい」と自分の意思を伝えたとき、
父が少し嬉しそうな表情をしたのを、
今でも覚えています。

そのとき初めて、
父の言葉は
「継がせない」という拒絶ではなく、
「継がせるに値するかを見ている」

という意味だったのかもしれない、
と思うようになりました。


今も不安がゼロになったわけではない

正直に言えば、
父が社長であることへの不安が
完全になくなったわけではありません。

今でも、
評価されている感覚や、
期待に応えられているかという迷いはあります。

ただ、以前と違うのは、
その不安を「前提」として受け入れられるようになったことです。


同じように悩んでいる人へ

父が社長である会社で働くことには、
外からは見えないプレッシャーがあります。

  • 甘えだと思われたくない
  • 能力がないと判断されたくない
  • 親子関係を壊したくない

どれも自然な感情だと思います。

もし同じ立場で悩んでいるなら、
完璧な答えを出そうとしなくていいと思います。

時間はかかりますが、
関係性も、解釈も、少しずつ変わっていきます。

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